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富士宮市観光協会 公式HP

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 しらいとのたき
白糸ノ滝  
 
白糸ノ滝とは?
静岡県富士宮市上井出にある有名な観光地の1つとして知られる滝。
隣接する音止めの滝と共に、日本の滝百選にも選ばれている。

 
上流で繋がっている川から流れる滝と、断面(溶岩断層)からの湧水による無数の滝が並んでおり、
幅150mの湾曲した絶壁の全面にかかる白糸ノ滝は、(一部を除いて)ほとんどが富士山の湧水で、
岩壁の間から白い絹糸を垂らしたように流れるさまは、白糸の名に相応しく『女性的な美しさ』を見せている。
水量は毎秒1.5トン。水温は年間を通じて12℃。国の名勝、天然記念物である。
2013(平成25)年に「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一部として世界文化遺産に登録された。

 
   
 
白糸ノ滝の歴史

1936(昭和11)年 9月3日
 「白糸ノ滝」として国の名勝及び天然記念物に指定される。
1950(昭和25)年 10月
 「観光百選滝の部」の1位に輝いた。
1990(平成2)年
 「日本の滝百選」に選定される。
2006(平成18)年 9月
 滝壷に掛かる「滝見橋」が崩落。
 当時は通行規制がかかったが、同年11月に仮設の橋が設置され、現在は規制が解除されている。
2011(平成23)年 3月11日・3月15日
 東北地方太平洋沖地震や、その余震で発生した静岡県東部地震の影響で、階段において落石が発生。
 音止めの滝でも一部が崩落。売店入り口から通行止めになった。
 同年3月18日に通行止めは解除されたが、現在も一部エリアの立ち入りが制限されたままである。
2011(平成23)年 9月
 21日に日本列島を縦断した台風15号により、滝つぼが増水等の甚大の被害を受け、落石の危険等がある為、
 滝つぼへの立入が禁止となった。
 また、土産物店も台風15号によって多大な被害を受けた。
 その後、応急復旧対策を実施し11月3日午前9時より立入禁止が解けて観光可能となった。
2012(平成24)年 2月8日~29日
 滝つぼ周辺を歩行者立入禁止とし、本格復旧工事・測量調査を実施。
 3月1日より(一部通行規制箇所有りだが)観光可能となった。
 4月13日に静岡県富士宮市は、富士山の世界遺産登録に向け、滝つぼにある土産物店(2店舗)や橋など
 人工の構造物を撤去して、自然のままの状態に戻す計画を発表。
 100年以上滝つぼで営業していた土産物店側も協力する旨を発表し、8月27日より本格復旧工事着手に伴い、
 滝つぼ周辺は再度立入禁止となった。
2013(平成25)年 6月22日
 「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一つとして世界文化遺産に登録された。
 日本の文化遺産としては13箇所目である。
2013(平成25)年 12月24日
 滝つぼへの通行規制が解除され、併せて新しい滝見橋の通行が可能となった。

 
 
   

 音止の滝

 高さ25mの絶壁から轟音をとどろかせているこの滝は、
 白糸ノ滝とは対照的な豪快で雄雄しい『音止の滝』
 その昔、源頼朝が挙行した富士の巻狩りの際に、曾我兄弟
 (曾我祐成・時致)が父の仇の工藤祐経を討つ相談をしていた。
 密談の最中、滝の轟音で声が遮られた為、
 しばし神に念じたところ一瞬滝の音が止んだという伝説から
 この名前が残されている。
 付近には、源頼朝が鬢の乱れを直したという泉、
 工藤祐経の墓、曽我兄弟の隠れ岩がある。


 
 
 源頼朝の和歌
<建久4年5月>
源頼朝は富士の裾野で、武将と数十万人の兵を集めて盛大な巻狩りを催した。
その際、白糸ノ滝に立ち寄った源頼朝は以下の様に歌を詠んでいる。

~ この上に いかなる姫や おはすらん おだまき流す 白糸ノ滝 ~
 
 
工藤祐経之墓所
<建久4年5月>
工藤祐経の陣屋にて夜半、曽我十郎祐成、曽我五郎時致の兄弟が親の仇討ちを果した。源頼朝が行った巻狩りの最中に起こった出来事であり『曽我兄弟の仇討ち』と呼ばれている。現在、曽我兄弟の墓は横浜市の願成寺にあるが、工藤祐経の墓は、音止めの滝上流部東側(富士の巻狩りの際、工藤祐経の陣屋が置かれた場所)にあり、地元の人達による清掃や供養が行われている。静岡県富士宮市では工藤祐経の墓所を代々守り続けてきた地域として、4月の「狩宿さくらまつり」の日程に合わせ、「工藤祐経供養祭」を開催している。 


 
 
曽我の隠れ岩
音止の滝の東側にある、しめ縄が張られている岩。
曽我兄弟がこの岩に隠れて父の仇、工藤祐経を討つ密談をしたと伝えられている。


 
 
世界遺産の理由
白糸ノ滝は富士山の顕著な普遍的価値を証明し、『信仰の対象』として語る上で外せない構成資産である。 
富士講の文書によると、白糸ノ滝は長谷川角行が人穴での修行と並行して水行を行った場所であり、富士講信者を中心に人々の巡礼・修行の場であったことから構成資産となっている。
富士講信者の描いた絵図からは、18世紀の白糸ノ滝における修行の様子が知られるのみならず、現在もなお現地に遺存する石碑等を確認することができる。


 
 
巡礼・修業の場
<戦国時代末~江戸時代初期>
白糸ノ滝は富士講の開祖とされる長谷川 角行が修行を行った地とされ、富士講を中心とした人々の巡礼・修行の場となったことでも知られている。


 
 
お鬢水(おびん水)
白糸ノ滝のすぐ上には岩窟があり、そこには「お鬢水」という水が湧いている。
お鬢水は富士講の霊場の1つでもあり、源頼朝はこのお鬢水で髪のほつれを直したと伝えられている。

   

白糸ノ滝で行われるイベント

日本三大仇討ちの一つとして知られる曽我物語。
その舞台となった白糸ノ滝の周辺で、4月中旬に「曽我物語 工藤祐経供養祭・草鹿の巻」が開催される。


<工藤祐経供養祭>
富士の巻狩りの際に工藤祐経の陣屋が置かれた場所が現在、工藤祐経の墓所になっており、今でも地元の人達により清掃・供養が行われている。その地で年に一度行われる供養祭。

<草鹿の巻> 
草鹿式とは?
建久4年5月に源頼朝が富士の巻狩りを催した時に、家来が獲物を射損じることが度々あったため、即興で草を束ね鹿のような形をした的を作り、射る稽古をしたことに始まると伝えられている。
源頼朝公ゆかりの地(白糸ノ滝駐車場東側)にて行うもの。

 
   

その他

白糸ノ滝には観光案内所と公衆トイレを備えた駐車場があります。
バス停・駐車場から滝へと続く遊歩道沿いには、食事処や土産店が並んでおり、売店通りから滝つぼへは、階段状の遊歩道が整備されています。
白糸ノ滝と音止めの滝は無料で見物することができ、2つの滝は徒歩で約5分ほどの所に位置しています。
駐車場から徒歩で5分ほど進むと「音止の滝」さらに5分ほどで「白糸ノ滝」に到着します。
階段手前の展望スペースまでは車イスで行くことができますが、その先の滝つぼまでは100段ほどの階段があります。

 

<展望スペースの紹介>
白糸ノ滝の滝つぼに下りるには長い階段がありますが、その階段を下りずに滝をご覧になれる展望スペースが二箇所あります。
一つは、駐車場から売店通りを進んだ階段手前に設けられていて、もう一つは、滝の右岸上部(駐車場から県道、整備された歩経路を進んだところ)にあり、天気が良ければ滝の背景に富士山が見えます。

   

アクセス

<乗用車でお越しの場合>
★東名高速道路富士インターチェンジから西富士道路および国道139号を経由 車で約40分。
★新東名高速道路新富士インターチェンジから西富士道路および国道139号を経由 車で約35分。
駐車場有り。
=駐車台数と料金=
・バイク 10台(200円) ・乗用車 105台(500円)
・大型バス 10台(1,000円) ・マイクロバス 5台(1,000円)
障がい者用駐車スペースあり
※料金等、変動する場合があります


<交通機関でお越しの場合>
JR身延線富士宮駅から富士急静岡バスで約30分
=JR身延線富士宮駅から路線バス=
★白糸ノ滝・足形・休暇村富士・猪の頭行(富士急静岡バス)で約30分
 「白糸ノ滝観光案内所前」または「白糸ノ滝」下車
★富士山駅行(富士急山梨バス)で約20分 「白糸ノ滝入口」下車

=その他バス=
★東海道新幹線新富士駅から路線バス富士山駅行(富士急山梨バス)で約60分
 「白糸ノ滝入口」下車
★富士急行線富士山駅・河口湖駅から路線バス新富士駅行(富士急山梨バス)で約80分
 「白糸ノ滝入口」下車
★東京駅から高速バス「ヤキソバEXPRESS」休暇村富士行(富士急静岡バス)で約3時間
 「白糸ノ滝」下車

 
   
引用・出典元:富士宮観光協会公式HP