富士宮市でボサノヴァを習うなら|妹尾良華音楽教室

 

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あおきだいら音楽教室(虹ます音頭‼️)

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2025.07.13

ボサノヴァ歌とピアノの弾き語り報告##

こんにちは、あおきだいら音楽教室です、東海地方つゆ明けしましたね、
通年より随分早いです。
 
昨日は久しぶりの自身のライブでした!!
沢山歌って弾きました~
 
東京は何となく曇り空だったので、夜はちょうど気持ちのいい風が吹いてました!
さらに小雨で気温が涼しい!

四谷荒木町は、多くの人が行き来‍♂️‍➡️‍➡️

いつも応援してくださる方、お久しぶりの方、一緒に演奏して頂いた方、
初めましての方、ライブ日和でした、みなさまありがとうございました!
 


セットリストと初めてBossaNovaを聴かれた方用にお配りした、冊子も貼っておきました!


いつも体をほぐしてくれる、りらく◯の川◯さん、同じ中学校の後輩君!
オブリガード!!





 

1st                        2st

1 七夕の歌                1 浜辺の歌

2 A/ビボソニャンド    2 D/A Resposta(答え)

3 G/One Note Samba        3 F/ソダンソ・サンバ 

4 D/波                   4 Dm/かえる 

5 F/サマーサンバ         5 Gm/マシュケナダ

6 F/ディサフィナード      6 C/A Felicidade

7 E/彼女はカリオカ       7 Gm/カーニバルの朝

8 D/ジェット機のサンバ  8 F/イパネマの娘

3st                      4st

1 お誕生日の歌           1 線路は続くよどこまでも

2 F/小舟               2 G/Se todos fossem iguais a voce

3 Dm/ビリンバウ          3 C/O Morro Nao Tem Vez

4 D/O Pato               4 上を向いて歩こう

5 Bm/おいしい水         5 あんたがたどこさ

6 D/Voce E  Eu           6  D/トリステーザ 

7 A/Triste                                        

令和7年7月4日土曜日 四谷 Ipanema Live

                  妹尾良華 歌とKeyBoard         
Bossa Nova
ビボソニャント(アントニオカルロス・ジョビン)
「Vivo Sonhando(ヴィヴォ・ソニャンド)」の前半「Vivo(ヴィヴォ)」とは、生きる、との意味。後半の「Sonhando(ソニャンド)」とは、夢見る、夢想する、などとの意味になるとの事。合わせて「Vivo Sonhando(ヴィヴォ・ソニャンド)」としてそのまま直訳すると、夢を見ながら生きている、といった意味になる模様でした。
ワンノート・サンバ(アントニオカルロス・ジョビン)
タイトルの意味は「一つのノート(音)でできたサンバ」といったところでしょうか。「NotaNote)」の意味は日本語で言うところの「音」になりますが、「音符」を指すこともあれば「音の高さ」を指すこともあれば、誰かが発した1つの「音」を指したりします。つまりいろんな意味を総称して「音」って訳している感じですね。この曲での意味は「ド」とか「レ」とかそういう「音高」ってことかと思われます。
歌詞は一言で言うと「愛を伝えるには1つの音で十分」って感じで、なかなかロマンチックで素敵です。サビんところはスケール(音階)をそのまま上下したようなメロディーなんですが、そこの部分の歌詞が「スケールの音をふんだんに使っても何も伝わらないのさ」って感じで、洒落も効いてて文字通り「オシャレ」な曲です。
 
 
波(アントニオカルロス・ジョビン)
教えてあげよう

君に教えてあげよう
目では決して見る事ができないもの
心だけが理解できること
それは愛
人は一人では幸せになれない

そして海
それは言葉に出来ないもの
君に捧げたい美しいもの
穏やかな風が私に囁く
人は一人では幸せになれないのだと

初めの出会いは、街でだった
そして2度目は、波止場で、
君と僕は永遠の仲になった。。。

今 理解した
海で立ち上がる波
そして数えるのも忘れてしまった星達
愛は突然に訪れる
夜が私たちを包み込むとともに。。。

教えてあげよう。。。

Samba De Verão/サマーサンバ(マルコス・バレー)
”見たかい あんなにかわいい子
今まで見たことないよ
立ち止まりもせずに 通り過ぎたけど
僕の方を 絶対見てた
もし彼女がこっちに戻ってきたら
僕は駆け寄って お願いしよう 話そう
愛が芽生えたと言おう
見てごらん まるで夏みたいに 心が熱い
歩いてくる彼女を見るだけで 胸が弾む
彼女はいつも瞳に海を映してやってくる
そして、きっと 好きな人はいないはず
そう今日こそは、と自分に言うけど 待ちくたびれた
ずっと休んでいないし 眠ってもいない
君に愛を捧げることだけ考えている
願っても 君は来ない 
それじゃあ、あきらめるよって、空に向かって言った
だけど、そしたら 君がきた ” 
 歌詞はマルコスの3歳年上のお兄さんパウロセルジオ・ヴァーリが書いています。「イパネマの娘」同様、”海辺で見つけたカワイ子ちゃん”の歌ですが、「イパネマの娘」はただ見つめるだけで、内省的で詩的な感じですが、こっちは若くカジュアル、主人公はアプローチしようとドギマギしています。「イパネマ」の英詞のほうに近い感じがします
ジェット機のサンバ(アントニオカルロス・ジョビン)
曲の内容はジョビンの故郷でもあるリオデジャネイロの街をたたえるもの。日本風にいえば「ふるさと讃歌」といったところなんでしょうか。コルコバードのキリスト像コパカバーナの海岸など、着陸態勢に入った飛行機から見えるリオの美しい景観を描きながら、愛する故郷に寄せる熱っぽい想いがすがすがしいメロディーに乗せて歌われます。「当機はまもなくガレオン空港に着陸いたします」「シートベルトをお締めください」などという機内アナウンス風のフレーズも取り入れられた遊び心の効いた歌詞は、飛行機が目的地に近づいたときのあの独特の高揚感を思いおこさせ、「空の旅」への旅情をゾクゾクと掻き立ててくれます
 
ディサフィナード(アントニオカルロス・ジョビン)
失恋の歌です。恋人が去ったことで、かつては調和していた二人の心が、今はズレてしまい、愛の歌もぎこちなくなってしまった様子が歌われています。しかし、最後は、再び心を合わせ、愛の歌を歌える日が来ることを期待しています。あなたの心が完全に私のものになれば、もう音痴はなくなるわ (Ba-da-ba) もうあなたは少し音痴になることはないでしょう、一緒に歌ってくれるわ (一緒に歌ってくれるわ) あなたの心が完全に私のものになれば、もう音痴はなくなるわ もうあなたは少し音痴になることはないでしょう、一緒に歌ってくれるわ
カーニバルの朝(ルイス・ボンファ)
朝 なんとなく美しい朝
やってくる幸福な日の
空に太陽が昇った
どの色も輝いて
夢を心に戻してくれた
 
この幸福な日の後
また別の日がくるかどうかわからない
私たちの朝はとても美しかった
カーニバルの朝
 
朝 なんと美しい朝
人生に新しい歌が
君の眼のことを歌っている
君の笑い 君の手を
君が戻る日が来るはずだから
 
私のギターの弦から
君の愛が求めたものが
声が聞こえる
失われたキスのことを語る
君の唇に私の心は歌っている
幸福が戻ってきたこの恋の朝のなんという幸福
 
答え(マルコス・バレー)
この曲は、ヴァーリの特徴的なボサノヴァのリズムとメロディが融合しており、リラックスした雰囲気を持っています。歌詞は英語で書かれており、愛や人生についての哲学的なテーマを扱っています。ヴァーリの柔らかいボーカルと、エウミール・デオダート(Eumir Deodato)のアレンジが、この曲の魅力を一層引き立てています。
ソダンソ・サンバ(アントニオカルロス・ジョビン)
So Danco Samba" (別名 "Jazz 'n Samba") は、1962 年に Antonio Carlos Jobim によって作曲され、Vinicius de Moraes によって作詞され 英語詞は後にノーマン・ギンベルによって書かれた。 「ジャズサンバ」や「私はサンバを踊るだけ」としても知られている。
サンバしか踊らないよ!サンバしか踊らないったら。ツイストは踊りすぎたし、カリプソやチャチャチャには飽きたから。だからサンバしか踊らないよ!原語はそんな意味のノリの良い楽しい歌。
かえる(ジョアン・ドナード)
曲名「A Rã」はポルトガル語で「カエル」という意味です。この曲は、ブラジリアンジャズとボサノヴァの要素が融合したリズミカルなアレンジが特徴です。軽快なリズムとスウィング感が聴き手を引きつけます。「A Rã」の歌詞はカエターノ・ヴェローゾによって書かれており、自然やカエルの動きなどを詩的に描写しています。歌詞はシンプルながらも奥深く、ブラジルの自然美や生活感を反映しています。「A Rã」は、ジョアン・ドナートの代表的な作品の一つであり、ブラジル音楽の豊かさと多様性を示しています。この曲は、軽快なリズム、魅力的なメロディ、そして詩的な歌詞が特徴であり、多くのリスナーに愛されています。
 
マシュケナダ(ジョルジ・ベン)
おい、何だってんだい
僕の前をあけてくれよ
サンバが盛り上がってるからね
僕はサンバを踊りたいんだ
このサンバにはマラカトゥも入ってる(※3)
老いた黒人のサンバ(※4)
君と同じ黒人のサンバ(※5)

何だってんだい
こんなにカッコいいサンバを
終わりにしちゃうなんて
そんなこと君も望まないだろ?
この曲の題名Mas que Nadaは、ブラジル人にも意味が分からない言い回しなんだそうです。私自身、何人かのブラジル人に聞いてみたのですが、「日常生活で使われるのを聞いたことがない」とのこと。
ところが、私の生徒さんがとっても有力な情報をくれました。
BS・TBSの番組「Song To Soul」という番組で、この曲の作者ジョルジ・ベンがこう話していたそうです。
「Mas que Nadaは人を誘う時には『なあどうだい?さあさあ』、何かに不満がある時には 『ありえない!勘弁してよ』という意味で、友達同士で映画や試合に行こうというときには前者、親父に勉強しろと言われた時には後者をよく口にしていた。」
このインタビューによれば、Mas que Nadaは「勘弁してよ!」という意味なのでしょうね。もしかすると、ある時期にある地域限定で流行った流行語なのかもしれません。

イパネマの娘



『イパネマの娘』ことエロイーザ・ピニェイロ

2006
この曲が作られる過程で伝説的に語られている、以下のエピソードがある。
当時、ジョビン、モライスなどのボサ・ノヴァ・アーティストたちは、リオデジャネイロのイパネマ海岸近くにあったバー「ヴェローゾ(ポルトガル語Veloso)」にたむろして酒を飲むことが多かった。
このバーに、近所に住む少女エロイーザ英語版[ 2]が、母親のタバコを買いにしばしば訪れていた。彼女は当時10代後半、170cmの長身でスタイルが良く、近所でも有名な美少女であった。
ジョビンもモライスも揃って非常なプレイボーイであり、殊にモライスはその生涯に9度結婚したほどの好色家であった。女好きの彼らはエロイーザの歩く姿に目を付け、そこからインスピレーションを得て、「イパネマの娘」を作ることになった[注 3]
この際、ジョビンとモライスが、ヴェローゾの店内で即席に曲を作ったという説が広く流布しているが、実際の作詞・作曲自体はそれぞれの自宅である程度の期間をかけて行われたもので、伝説とはやや異なる。
作曲のきっかけの場となったバー「ヴェローゾ」は、のちにこの曲にちなみ「ガロータ・ヂ・イパネマ」と改称され、2007現在でも営業が続いている。
また、エロイーザ自身も2001年に「ガロータ・ヂ・イパネマ」という名のブティックを開き、この曲の楽譜と歌詞を印刷したTシャツを販売した。これに対してジョビンとモライスの著作権継承者たちが訴訟を起こしたが、裁判所はエロイーザに有利な判決を下し、エロイーザはサンパウロリオデジャネイロにこのブティックの支店を展開した。
ちなみにエロイーザは202577日で82歳になったという
モライスによるオリジナルのポルトガル語歌詞は、海岸を歩き去る少女への届かぬ想いを物悲しく訴える歌詞である。モライスの叙情性がよく表れた歌詞で、彼の代表作の一つである。
 
1977年中学1年の時に明大前で買ったEPレコード、このレコードは1964年に日本で発売された、13年もの間レコード屋にあったが、当時そんなのはざら

中一の時に、ボサノバ特集をFM東京でやっていて目覚めた・

 




とても、当時の出来事を細かく記載されています、まさにレア情報#

 

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